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嶋田聡の今週の一言

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あせらずに、重ねる

2018/08/04

 対人関係で一番考えなくてはならないのは、もともとは前提条件として何ものでもない

 

 

 ということです。小学校の一年生のクラスで友達といえる人が出来るのか?中学一年生の

 

 

 クラブでチーム一丸となって、チームメイトやチームワークが出来るのか?そこにあるのは

 

 

 「友達は優しく、一緒に遊んでくれるもの」という思い込みや前提条件があるのです。

 

 

 2,3ヶ月一緒に練習して食事しても、命かけて困った時に助けてくれる友達ができる

 

 

 わけではありません。言葉や行動をコツコツ積み上げなければなりません。

 

 

 親子関係もしかりです。親子になるための苦労が必要です。積み上げてわかるものが

 

 

 あるのです。くそばばあにしているのは自分の問題なのです。親だから優しくしてくれると

 

 

 決めつけて、結果として母親から意地悪やつめたい言葉を引っ張り出しているのです。

 

 

 朝走ってトライアスロンを完走して、その積み重ねから友達ができる可能性が増えるのです。

 

 

 生涯で3人友達ができればいいでしょう。友達をお手軽に手に入れるのではなく、焦らず

 

 

 言葉と行動をコツコツと積み重ねてゆけば、真の友達が現れ、ずっと素晴らしい関係が

 

 

 続いていくでしょう。

 

 

苦,困の原因

2018/07/21

 生まれてから死ぬまでの生涯は、自分以外の人、事、物に触れることです。

 

 

 自分一人の世界では、苦、困はありません。苦しいです、困っていますの原因は

 

 

 他人がいるからです。自分がどうしてそう言うのか、そうするのかは自分の観念によっています。

 

 

 仕事に対する考え方、勉強に対する考え方、親子関係,友人関係などに対する考え方によって

 

 

 言葉や行動がおきるのです。他人と生きてゆくとき、「僕が、僕が、僕が」と自分が十分に

 

 

 相手の意見を聞かないで0のとき、また相手の言う事を「聞いときゃ良いんでしょ」と自分を

 

 

 持たず相手任せは、自分が0で相手が十分となり上手く行きません。ボクシングジムでサンドバッグを

 

 

 上手にに叩いても、相手が打ち返してくる試合でうまくいくか分かりません。サンドバッグ打ちは

 

 

 自分が十分で相手が0です。サンドバッグを叩いている時ではなく相手と向かい合うとき苦労が

 

 

 始まります。アメフトの監督は十分でビビった選手は0だったのでしょう。五分と五分が礼儀に

 

 

 かなうものです…十分の人は五分削ることが必要で、0の人は五分には揃えることが必要です。

 

 

 頭でっかちは観念的なのです。1人の世界観で生きているのです。自分と相手が五分五分で、

 

 

 お互い高めあうもの、先が明るいもの、プラスをイメージしていると、世の中捨てたもんじゃ

 

 

 ないとお互い前向きになれます。それが理念を磨くことです。独りよがりの観念的ではなく

 

 

 お互いをより良くしようとする理念を磨くことです。

 

 

伸びしろ

2018/07/14

 夏は伸び盛りです。年を重ねてゆくとき、どこが伸びしろなのかを考えることがあると思います。

 

 

 勘違いしてはならないのは「褒められる」ときです。「ほめられた」所は伸びしろは少ないのです。

 

 

 「ほめられた」ところは、そのままで良いのです。「ほめられた」所が将来一番伸びる所では

 

 

  ありません。「怒られる」ときは期待されているのです。期待してない人には怒りません。

 

 

  「いいんじゃない そのままで」20歳過ぎれば怒られることは少なくなります。「怒られている

 

 

 うちが華」です。怒られていじけるというのは、自分で気付いていない可能性を潰してしまう

 

 

 ことになります。「叱られる」ときは一緒に大事にしたいことがあるばあいです。挨拶せずに

 

 

 叱られたとき、一緒にやって いこう、お前と一緒にやりたいと言っているのです。怒られることや

 

 

 叱られることから逃げていると、将来、どうでもよいと思っている人が「いいよ いいよ」と

 

 

 甘い言葉で近づいてきます。甘やかすことは貸しを作ることで、甘えることは借りを作ること

 

 

 になりますから、いつの日か裏切られることになります。怒られたは貸し借りなしです。

 

 

 怒っているのは期待しているから、叱っているのは一緒 にやりたいから、全ての期待に

 

 

 応えられないかもしれないけれど、とりあえず出来ることから一歩を踏み出しましょう。

 

 

 

 

情報

2018/07/06

 情報は目にするものであり、耳にするものですが、人は事実を語ることが出来ないものです。

 

 

 相手が何かを言った時、わかるのは相手の表情とそれを聞いている自分がどう思ったかです。

 

 

 先生から怒られた生徒がなぜ怒られたのかを考えずに、「どうせ俺は嫌われている」と早とちり

 

 

 をすることがあります。とちりは失敗で、人間関係の混乱は早とちりに尽きます。

 

 

 早とちりする人は「〇〇に違いない」という思い込みが酷(ひど)いのです。そんな人は問題を

 

 

 起こし続けてしまいます。情報を発した側の感情と見解があり、受けた側の感情と見解があります。

 

 

 皆、色々な感情や考え方があります。考えるべきは先行きです。説明は明るさを説くことです。

 

 

 自分の感情や見解を明るく話すことです。「努力したら報われる」という思い込みは、うまく

 

 

 いかないものです。真面目に働いても台風が来て作物がダメになることは止められません。

 

 

 「僕のことをわかってくれない」という人は自分の感情や考え方を話さないかぎり、わかるものでは

 

 

 ありません。相手の感情や見解を冷静に理解して、明るさを説くことです。勝手に決めつけないで、

 

 

 周りの人に説明して説得することです。ダメという人は本当は心配してくれている人かもしれません。

 

 

 「多聞多見」は良いことです。

 

 

 

 

愛情

2018/06/30

 愛という感情は様々な要素を含みますが、その真ん中にあるものは「許す」です。

 

 

 許すを中心に円を書くとを、円内は「仁(やさ)しさ」の世界となります。親や先生の愛情に

 

 

 寄っかかって生きてゆきます。甘えるというのは甘い汁を吸わせてくれるということです。

 

 

 許し、許される世界で甘えてばかりいると、そこが唯一の生きる場所になり、外の世界に出るのが

 

 

 難しくなります。一番いけないのは許してくれることに調子に乗ることです。甘えがクセになると、

 

 

 こじれた世界に誘われやすくなり、なかなか抜けられなくなります。甘い汁を吸うと痛い目にあいます。

 

 

 イジメている人は、「こいつだったら、これくらいは許してくれるだろう」と甘えているのです。

 

 

 愛情が本物であるか、偽物なのかを見抜くことが必要です。親の愛情は本物です。目の前から

 

 

 いなくなっても思ってくれる人が本物です。許してくれるからと甘えるクセのある人は早く治すことです。

 

 

 苦しい時こそ「俺がやっときます」でしょう。

 

 

 

 

 

 

鎮定(ちんてい)と機応(きおう)

2018/06/15

 日常生活の過ごし方を大きく分けると二つになります。

 

 一つは、定まって鎮(しず)まるです。毎日の生活の取り組み方が重なって落ち着くことです。

 

 毎日のランニングや勉強、食事への取り組みが積み重なって段々と落ち着き定まります。

 

 監督やコーチから毎日怒られ、不安な毎日を重ね、落ち着きようのない定まり方をしていると、

 

 不安に駆られて無謀なタックルをするかもしれません。朝起きれないことが続けば

 

 「どうしよう、どうしよう」と不安に定まってしまいます。「その気になればやれますよ」と

 

 一回だけなら起きれるものです。一回限りの取り組みと何回も続くものは違ってきます。

 

 毎日の過ごし方の小さな集まりを「機」といいます。定まって重なったものの延長上に

 

 危機(ピンチ)と好機(チャンス)があります。精一杯努力して自信のある人はそれに対して。

 

 今までどうりではうまくいかないので、変えて応える「臨機応変」が出来るのです。

 

 一方、重ね方の悪い人は地力がついていないので固まってしまいます。チャンスを逃し、

 

 ピンチを避けられません。変えることが大事であり、それは成長ですから勇気を持って変えることです。

 

 まず毎日の生活の取り組み方であり、次に一回限りでない重ね方であり、ピンチやチャンスに

 

   いつもどうりでない動きで応えることです。

 

 

 

 

 

過程

2018/06/08

 勉強でも運動でも、まず習い始めはえらく伸びます。垂直の壁を登っているとイメージしてください。

 

 登って登って登ってゆくと、横に伸びる線に着きます。次に登ってゆくと同じ時間をかけても縦線は

 

  最初ほど伸びません。また次に、横線に着きますが前よりも短くなります。これを繰り返してゆくと、

 

 わずかな上昇に多くの横線が必要になります。上向きの努力と横向きの安心が交互にきます。登って

 

 いる時は気を抜かないことです。気を抜いたら落ちてしまいます。横に線を移動している時は、安心で

 

 下手になりません。下手にならないとは身につけたものは忘れないということです。努力している時は

 

 岩登りの感じで、横線は山歩きの感じです。上に登るときいつまでも苦しい崖が続くように思えるの

 

 ですが、必ず安心するところにつきます。スタートして「難くせ」」つける人がいます。「勉強が分

 

 からんから塾に来たのに全然わからん」とか、話してもいないのに「自分のことわかってくれない」

 

 などなど、塾行っても成績伸びないからやめるのは上手にならずに下手になることです。友達と遊ぶ

 

 ことも九九の算を覚えることも練習が大事です。「山」という感じは上手になっているので使わなく

 

 ても忘れません。親子関係やと先生、同級生との人間関係も算数や漢字をおぼえるのと同じなのです。

 

 「どうせ自分なんか・・・」と言い出したら困ることが増え、それは悩みとなっていきます。

 

 今頑張っている人へ、十代は崖を登っている課程なのかもしれません。

 

 必ず安心できる点に来ますから、いま自分がどこにいるのかをわかってください。

 

 

 

 

 

抗龍あり

2018/06/02

 人の動きには波があります。波の最高点を全力もしくは精一杯とすれば、最低点は調子悪くて

 

  気分が良くない状態です。波の底から上限までがその人の実力です。この波が抗龍です。

 

 波の方向が斜め上を向いている時は努力している状態で、斜め下に向いている時は休んでいる

 

 状態です。今、気を失うまで一生懸命限界までやったなら、当然次の日はやれなくなるので

 

 無理、無茶があります。オリンピック選手でも9割くらいの練習でしょう。しかし自分の

 

 限界の7割未満はやっても意味がなく無駄となります。周りの人に何も言われなかったら

 

 ちゃんとやったことこにはなりません。それは他人に頼り切っているからです。7割を超える

 

 ことです。そうすればスッキリとした気分になり、やった甲斐があったと思えるでしょう。

 

 5割以下の生活を続けると「どうせやってもダメだ」と自暴自棄になってしまいます。

 

 やりすぎてもダメ、サボりすぎてもダメなのです。好きなことは8割、9割で出来るかも

 

 しれません。しかし、したくないこと、興味がないことも7割以上で続けることです。

 

 やり続けていると興味が湧いて実力が伸びるのです。下座業もランニングも最初から

 

   興味はないものです。何でも言われたことは7,8割でやってみる。この分野と

 

 思えば8,9割でやってみる。ゆっくりやっても7割を下らなければ、抗龍(波線)は

 

 斜め上方向をむき出し、実力が上がってくるのです。 あなたは今,何点ですか?

 

 6月は落ち込む季節と言われてますから、ちょっと歯を食いしばって実りある毎日を送って

 

 ください。

 

 

 

 

 

 

養い方

2018/05/26

 日々の過ごし方が養であり、その結果が育ですから、あわせて養育となります。

 

 感じる力(感性)を磨いているかであり、それを実行する力(能力) 発揮しているかが

 

 養っているかとなります。まず最初に、今の自分や他人の状況、調子をきちんとの認識

 

 しているかです。 勉強を やる気になっても、いきなり東大の入試問題をやるのは無理が

 

 あります。次のステップは、今の最大限を行っているかです。プロ野球の新人選手が、

 

 限界までハードな練習を行うと引退を早めてしまいます。限界までやる人も,できることを

 

 やらないサボる人も、それを続けていくとモヤモモヤ、イライラ、オドオドするように

 

 なってきます。今できることを最大限にやると次の段階で最大限の変化が生まれます。

 

 ホームラン王だった元ホークスの王監督が 一年目からホームランをたくさん打っていた

 

 わけではありません。花開くのは5年後でした。5年間の養があり、5年後の育としての

 

 ホームラン王がありました。日々の生活で自分の今の調子を見て、今できる最大限をやる

 

 ことは、例えば、食べるとき過食、少食をせずきちんと食事することであり、水分補給

 

 では少ないと 熱中症になり、取りすぎると戻してしまいますからきちんと水分を取ること

 

 です。今日の課題に対して楽な方に逃げたら追い込まれます。  結果は後でついてきますから、

 

 逃げ癖のついた人は追い込まれオタオタ、モヤモヤして最後には人のせいにします。たとえ

 

 他人が自分のせいと認めても何も状況は変わりません。自分の立ち位置を決めることです。

 

 そしてそれを積み上げていくことです。コケルのは当然です。しかし、絶対助けてくれる

 

 人がいます。 必ず見てくれている人がいます。そんな人とのつながりが絆なのでしょう。

 

 そんな人たちに囲まれて生きていくのが幸せなのでしょう。

 

 

 

人の明暗

2018/04/29

 自分のくらしに他の人がいるのは自然なことです。自分と他人の関係が難しくなるのは

 

 許される、許されないという是非で判断するときであり、良し悪しの善悪で判断するときです。

 

 自分が話しかけた時、相手がいつも機嫌がいいわけではありません。明なのか暗なのか相手次第で

 

 わかりません。明暗はクルクル回っているのです。おいしいカレー屋さんに誘っても、相手が6日続けて

 

 カレーならよい顔はしないでしょう。ボランティアは素晴らしいことだと駆けつけても、相手側は

 

 対応に追われて大変かもしれません。「人には明暗あり」という言葉は「自分に明暗あり」とも言えます。

 

 アンパンマンはヒーローですが、あんパンが嫌いな人もいます。物事を真ん中に置いて棒を立てたように

 

 イメージします。日の光で棒の陰が出来ます。朝から夕方にかけて棒の陰は移動してゆきます。月が出れば

 

 そこにも影ができ動きます。あの人はこんな人間だと決めつけないことです。人から言われてもいちいち

 

 気にしないことです。人との付き合いは思い込み、決めつけを離れて、重く硬くならずに柔らかく軽く

 

 いくならきっとうまくいくでしょう。

キャロルキング 夕方フレンド(you've got a fiend)

2018/04/16

 When you're down and troubleⅾ and you need some ⅼoving care

   君が落ち込み困っているとき、誰かの助けを必要とするとき

 

 And nothing,nothing is going right

 全てがうまくいかないと思うとき

 

 Close your eyes and think of me

 目を閉じて 僕を思い出して

 

 And soon Ⅰ will be there

 すぐに君の所に行くから

 

 To brighten up even your darkest night

 君の暗闇を明るくしてあげるよ

 

 You just call out of my name

 君が僕の名前を呼ぶだけで

 

 And you know wherever Ⅰ am

 どこにいても

 

 I’ll come soon running to see you again

 君に会いに行くよ

 

 Winter spring summer and fall

 冬でも春でも夏でも秋でも

 

 All you have to do is call

 呼んでくれたら

 

 And Ⅰ’ll be there

 そこに行くよ

 

 You’ⅴe got a friend

 君の友達だから

 

 

セリーヌ・ディオン That’s the way it is.

2018/04/15

 I can read your mind and Ⅰ know your story

 

 Ⅰ see what you’re going through,yeah 

 

 Ⅰt’s an upnill climband Ⅰ’m feeling sorry 

 

 but Ⅰ know it will come to you

 

 Don’t surrender ’cause you can win in this

 

 thing called love

 

 When you want it in the most 

 

 There’s no easy  way out

 

 When you're ready to go and your heart’s 

 

 left in doubt

 

 Don’t give up your faith  Love comes to

 

 those who believe it

 

 and thats the way it is

 

 私はあなたの心がわかる  あなたのこれまでをしっているから

 

 私はあなたのことを見守っている これからの道は困難かもしれない

 

 そんな気がする だけどそれはあなたあなた自身のため

 

 だから諦めないで きっと手にはいるから そうこの愛があるんだから

 

 あなたが望むものはなかなか入らないかもしれない

 

 心に闇があるときもあなた あなたが答えを急ぐ時も 私はなんて答えればいいか分からない

 

 でも自分を信じて 信じる人のところに愛はやってくるのだから

 

 それが答えを導いてくれる

 

 

現実と理想

2018/04/13

「自立」とは「自分のことは自分でする」です。たったこれだけのことですが、わからないことは

 

 

 人に聞かなければなりませんし、当たり前だけど自分では出来ないことがほとんどです。

 

 

 豚カツを食べようとするとき、コメは栽培できませんし、豚を飼うこともできません。外食で

 

 

 当たり前に出てくるのは「有難い」ことなのです。滅多にないことで感謝することなのです。

 

 

 ほとんどできないけど、実際に「自分のことを自分でしよう」とするとき、周りの人がいい人に

 

 

 なります。自分でやろうとする人を人は助けたくなります。反対に甘えて人に頼るばかりの人は、

 

 

 寄りかかるばかりなのでうざくなります。その人にとって自分以外のほとんどの人は,わがままを

 

 

 きいてくれないので意地悪にみえます。「自立」は理想なのです。現実は厳しけれどそれに甘える

 

 

 ことなく、「自立」を目指そうとした瞬間に「自立」していると言えます。多くの人が「自立」を

 

 

 自分で働いて独り立ちすることと思っていますが、それは「独立」です。今すぐでも「自立」は

 

 

 できます。そうすれば世の中の見え方が変わってきます。

 

 

 

 

 

適切さ

2018/02/24

 適切なふるまいは大部分が自由なのは大前提なのですが、その振る舞いが出来ていないと、

 

 

 2,3,4年後に自由が増える人と、減る人が出てきます。[基本原則]1、目の前にある

 

 

 ことは見聞きしておくこと。誰かが話しているのに「聞いていません」「見ていません」は

 

 

  通用しません。[基本原則]2、参加していることは、とりあえず上達を目指す。それが

 

 

 参加させられている場合もです。世の中させられることが大部分ですから。〔基本原則]3、

 

 

 最大限のことはしておく。「したい」ことと「したくない}ことがありますが、とりあえず

 

 

 したくない分野の上達を目指さないと、したい分野が伸びません。「走れ」と言われて、やがて

 

 

 タイムを競うようになると、自由に言いたいことを言えるのです。「走るのはイヤだ」と言いたい

 

 

 ことを言う世界を作ることです。その時もっともらしいことを言って、虚勢を張ったり道徳的な正解を

 

 

 言う大人は信頼されません。「適切にふるまう」ことと「好きなことをやる」のいずれかの優先順位は、

 

 

 いつも「適切にふるまう」です。それは理にかなうことであり、必要な時、必要な事を、必要な分だけ

 

 

 やることです。「目指すものに対して我慢する」や「我慢したらそこへ行ける」とはニュアンスが違います。

 

 

 イヤなことをイヤと堂々と言うには、イヤなことを一生懸命やることです。適切にやってきた人は許される

 

 

 ので堂々とキレてください。適切にやってない人はただのわがままになってしまいます。

 

 

 

適切にふるまう

2018/02/11

 「空気を読む」人は、その場その場で相手に対応しますから、優しくされるとテンションは上がり

 

 

 ますが、厳しくされると落ち込みます。自分の都合で振る舞っているので、いつもビクビクして

 

 

 不審がられ、合わせようとするほど不信となり、信用されなくなります。大事な所で手を抜いたり、

 

 

 どうでもよい所でやたら力んだりする人も、自分の都合で振る舞っているので、いつのまにか

 

 

 精神的に追い込まれて、モノや相手に振り回されることになってしまうのです。知識や技術が

 

 

 あっても不審な人はいます。未熟でもよいので信頼されることが大事です。周りの人や物、

 

 

 出来事をよく見ることです。「何でその人が言っているのか?」」「何でそんなことが行われて

 

 

 いるのか?」よく見て、よく聞いて、よくよく考えてみることです。自分で回りを見て

 

 

 「適切に動く」ことです。「何が適切か」を「何が正しいのか」と勘違いする人がいます。

 

 

 正しさを追求しても答えは永遠にでてきません。正しさと正しさは宗教戦争のような争いを招き

 

 

 ます。「正しさ」ではなく「適切であるか」がポイントなのです。

 

 

 

 

 

 

 

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