全寮制のフリースクール玄海は、子どもの自立心を養いながら、勉学に励み成長していくフリースクールです。

父母の言葉

 »  父母の言葉

玄海を立志するあなたへ

2020/03/24

あなたにとって一年間の玄海での生活は、どんなものだったのでしょう。今のあなたの本心を、

 

あなたの言葉で聞きたいです。

 

玄海にたどり着くまでの約11カ月…。我が家にとっては青天の霹靂の連続でした…。

 

「不登校」この言葉とは遠い世界の出来事で快活なあなたには特に無縁のことだと信じ切っていました。

 

ある日、突然その日がやって来て、家族みんなが混乱するばかりでした。今までどんなことも乗り越え

 

頑張ってきたあなたが、自分の殻に閉じこもり、見る見る間に廃人になっていく姿は地獄の日々でした。

 

「このままでは家族全員が潰れてしまう!!」

 

「何とか!!あなたも含め!!家族を救わなければ!!」と必死で玄海を探し当て、藁にもすがる思いで

 

新幹線で福岡に向かった日のことは忘れません。後日、身動きができなくなったあなたと、玄海の先生方が

 

一緒にでかけた時は「あぁ…これで助かる…」と心の底から思いました。

 

玄海に託す!と腹を決めた日から、地獄だった過去は振り返らず、前だけを見て、ひたすら前だけを見て、

 

この一年は家族も突き進んできました。ブログを通して、あなたが再び人間らしく変化していく姿、

 

玄海でしか経験できない様々な素晴らしいプログラムに挑戦し成長していく姿を、遠くから常に

 

応援していました。

 

今のあなたの周囲を見回してください。どんな世界に映りますか。殻に閉じこもって自分だけの世界にいた

 

時と比べてどうですか。

 

人は一人では決して生きていけません。家族だけでも生きていけません。たくさんの人たちに支えられて

 

生きていけます。悩んだり、壁に直面した時は、殻に閉じこもらず、顔が思い浮かぶ誰かに相談して

 

ください。誰かに相談したり、カッコ悪い姿をさらけ出すことは恥ずかしいことではありません。

 

転んだって良いじゃない。カッコ悪くても良いじゃない。あなたが目の前のことを丁寧に一生懸命

 

頑張っていたら、必ず応援してくれて、手を差し伸べてくれる人がいます。必ずいます。人生!!

 

七転び八起き!!たくさん転んだ人の方が経験豊かで深みのある大人になります。

 

そして、「道」は一つだけではありません。どの道が正解かもわかりません。みんなと同じ道を歩めば

 

安心感はあるかもせれませんがそんなのつまらない。これから、あなた自身が自分の道を探して、

 

自分で切り拓いていって下さい。細くてぐらぐらする人生より、どっしりと構えて太くて豊かな人生に

 

していって下さい。これからも家族みんなで、あなたを全力で応援しています。

 

玄海で関わって下さったすべての先生方、地域の皆様、保護者の皆様、そして笑ったり、泣いたり寮生活を

 

共にした玄海生の皆様に、心より御礼申し上げます。

 

一年間支えていただき、ありがとうございました。

 

スプリットチェンジ母より

不登校になってから立志まで

2020/03/24

不登校になり、入寮するまでの7カ月、色んな人に相談しましたが、愛情不足だ、見守るように言われ

 

続けました。ゲームやテレビへの依存、エスカレートする要求、寒い冬の夜でも家外の敷地のどこかで

 

過ごし、朝部屋に戻ってくる息子を見守るだけで良いのかと疑問に思う毎日でした。

 

玄海のことは、「厳しいスクール」と聞いていて不安だったのですが、嶋田先生と話をしたところ、

 

私がこの7カ月疑問に思っていたことが解決し、信じてみようと思えました。愛情不足ではなく、

 

かけ過ぎだったこと、期待しすぎてたことで、自己肯定感が低く、自立できない子にしてしまったと

 

思いました。

 

幼いころから大人しい息子は、先生方に「しゃべらんねえ」としばらく言われました。2、3カ月

 

経つと、目つきがきつく暗い表情だったのが柔らかくなり、質問に答えるだけでなく、自分から話を

 

する様になりました。

 

面倒で辛い、痛いことを避けてきたので、ボクシングやプロレスの授業、トライアスロンやマラソンの

 

大会に挑戦することは不本意だったと思いますが、すべてをやり遂げました。先生方の厳しくも温かい

 

ご指導と寮の仲間がいたからでしょう。

 

そして、私たちも子育てを考え勉強し、息子の成長を実感し、楽しませていただきました。嶋田先生を

 

信じて良かったと感謝しています。

 

息子には、玄海での生活や経験を糧に、これからの人生を堂々と歩んでいってほしいし、見守って

 

いくつもりです。

 

先生方、そして玄海を通じてお世話になった方々、ありがとうございました。

 

デべきん母より

 

玄海での一年間を振り返って

2020/03/19

 1年前はゲーム依存や生活の乱れが続き、受験に失敗した先の見えない悲観的な

 

 気持ちがありました。玄海の存在を知り、翌日代表の先生に会いに行き、すぐ

 

 息子を体験に連れていきました。本人から一週間後の面談で「ここで頑張りたい、

 

 寮に入らせてほしい」と言われた時は驚きました。玄海では入寮した翌日から

 

 朝7時に起床して日課をこなしている。これも自宅ではまず難しい事でした。

 

 3カ月後にトライアスロンに出場すると聞いた時は耳を疑いましたが、目の前で

 

 息子を見て、本人の中で目覚め変わるかもしれない、きっと成長できると感じました。

 

 毎日の下坐業、写経、自省を繰り返す中で自分自身と向き合い、プロレス、ボクシング

 

 演劇、ダンス、合宿、一燈園研修等、玄海に居なければ経験できなかった事ばかりで

 

  濃い一年間だったと思います。毎月送られてくる写経の字を見て日々の変化が伝わって

 

 くるようでした。この一年間の息子の姿を見る中で、親子間の甘え、依存、過干渉が

 

 あったことに気づかされました。私自身も自分を振り返り、学べる機会を得たのは息子と

 

 適度に距離を取り、穏やかな日常生活をおくれた一年間があったからだと思います。

 

 家族全員が前向きになれたのは玄海でのサポートのおかげですな。息子は仲間たちと

 

 ともに寮生活で色々な経験をし、この一年間頑張ってきたことで自信が持てたと思います。

 

 これからもいろいろな困難があると思います。それは本人の人生で、自分で乗り越えて

 

 いくしかありません。今後は助言しても手を出さず、見守っていこうと思います。本人の

 

 力を信じていこうと思います。玄海では決して見放さず、激しく、温かく、ともに生活し

 

 子供たちを育てて頂いた先生方、寮生やスクールの仲間、保護者の皆様、大変お世話に

 

 なりました。本当にありがとうございました。

                     令和2年3月 「やなせたかし」の母より

 

 

スノーボード合宿

2020/03/11

 その弁当は去年のに比べ明らかに豪華になっていた。息子が立志して間もなく11年、その翌年からスノ

 

ーボードの経験者として同行を初めて今回が8回目になる。毎回随行の先生方から「OBの父兄でスノーボ

 

ードの経験者の、、、」と丁寧に紹介戴くのだが、今回は違う。昨年一念発起して齢54にしてJSBA(日

 

本スノーボード協会)のバッジテスト1級を取りC級インストラクターになった。今更どうしてとボード

 

仲間に聞かれるがフリースクールの合宿で生徒たちに教えるためといえば格好がつく。紹介時の肩書きも

 

「スノボのインストラクターでOBの父兄でもある、、、」となる。他人からするとどうでもいい自己満足

 

以外の何物でもない。しかし一大チャレンジであった資格取得は私にとってとても大きな刺激になった。

 

’玄海スノボ合宿’ありがとうといったところだ。今合宿最初の食事はスキー場到着直後の朝食(6:00)

 

・嶋田先生お手製の愛情弁当だ。そのおかずが2品も増え、さらに彩も鮮やかになり、明らかにアップ

 

グレートしている(様に私には見えた)。生徒たちは初めてのウインタースポーツを前に緊張の面持ちで

 

弁当を頬張る。スノーボードをし指導してくれる人っていったいどんな人だろうという視線がおいしく弁当

 

を戴くそんな私に四方から突き刺さる。

 

 これまでも雪不足の年はあったが、今年ほど厳しかった事はない。それでも合宿2日前にまさしく生徒

 

たちの為のような奇跡的な雪が降った事でゲレンデコンディションはまずまずだ。今年はスノボ経験者や

 

昨年の合宿参加者がいたので、バディとして未経験者に組んでもらえ、非常にやりやすかった。平日会社

 

を休んでの参加ということもあり携帯には仕事関連の急ぎの着信が入る。そんな時でもいつの間にか引率の

 

先生と経験者で生まれて初めてのリフトに乗り生徒たちはゲレンデを上っていった。毎年思うことではある

 

が玄海の生徒の身体能力は半端ない。学校でのエクササイズの賜物なのか、思い切りの良さなのか目に見え

 

てぐんぐん上達する。見ていて気持ちがいい。中にはもう教えることはない、怪我しないようにどんどん

 

滑ってうまくなりなさいと言える子もいた。積極的に聞いてくる子、教えてもらいたいのだけれど遠慮

 

して聞けない子がいるが、思い出せば私は後者だったような気がする。アイコンタクトを求めてくる

 

積極的な子は良いのだが、そうでなければ同世代の子が滑る中判断が難しい。来年からは一般のボード

 

スクールの様にビブやゼッケンをつけないにしても玄海の生徒だと判別できる目印が欲しい。リボン

 

でもなんでもいい。そうすれば限られた時間の中、ゲレンデ巡回中に次々に効率よく指導ができる。

 

 非常に楽しくあっという間の9時間で、帰りの運転も苦にはならなかった。後日玄海からの生徒たちの

 

合宿感想文が届いた。非常に面白く読ませてもらった。読んだ人の中でおそらく私が一番楽しませて戴い

 

たに違いない。中には食の感想を軸に表現した斬新なものもあった。みんなの感想文を読んで感銘を受け、

 

参加者の一人として私も書いてみたが年を取ればうまくなるものでもないということに改めて気が付いた。

 

来年以降雪の有無や新型コロナが心配だけど、合宿が開催され私が滑れる限り参加し続けたい。公認インス

 

トラクター(OBの父兄)として。

 

感恩戴徳

2019/12/05

 不登校で引きこもっているときは、「この先どうなるんだろう」と親子共々不安の

 

 中で生活し、このどうしようもない気持ちがイライラとなり、家の中がいつもピリピリ

 

 としていました。そんな中、玄海の事を知り、これが最後のチャンスなのではという

 

 気持ちで、どうせ行かないからと話を聞くこともしない状態の息子を体験入学させ

 

 入寮させました。正直、最初はこれで良かったのかという気持ちでいっぱいでしたが、

 

 少しづつ変わっていく息子の姿に、その不安は無くなり、今は本当に入寮させて

 

 良かったと思っています。今まで運動することが苦手で、ほとんど運動をしてこなかった

 

 息子が、毎朝マラソンをして、トライアスロンに向けてトレーニングしてと、相当

 

 きつかったと思います。普通に生活していたら、トライアスロンを完走するという

 

 体験もできなかったでしょうし、先生方の温かいご指導や仲間のサポートがなければ

 

 達成することはできなかったと思います。プライドが高く、人に弱い所を見せたり、

 

 人に怒られたりする事を極端に嫌う息子、その自分が理想とする状態でいられなくなると

 

 逃げ出してしまっていた息子にとって玄海での生活は、大変で辛い生活だったと思います。

 

 でも、その辛い生活を乗り越えたからこそ、今までには得ることが出来なかった多くの宝物を

 

 得ることが出来たと思います。まだまだ課題が多く、正直不安もありますが、息子の

 

 頑張りを信じて応援していこうと思います。この一年間、温かく御指導して下さった

 

 先生方には、本当に感謝の気持ちでいっぱいです。ありがとうございました。

                               ネオンテトラの母より

玄海を卒業する息子へ

2019/10/27

 不登校で引きこもっていた時の君は、野球をやっていた時の生き生きとした姿がなくなり、虚ろな目を

 

していました。その姿を痛ましい気持ちで見ていたものです。

 

 このままではいかん、何とかできるはずだと思い、玄海にお世話になることに決めました。迎えに来て

 

いただいた朝、連れられて行く車を少し離れて見送りました。

 

 そして、1週間目の面談の日、君は泣きながら「こんな所にはいたくない。怖い。」と訴えました。

 

後日先生から「自分に構わないでオーラが全身から出ている」という報告を受け、不安になったものです。

 

 1カ月後の初の帰宅のとき、素直に玄海に戻ってくれるか心配でした。杞憂でした。君は淡々と

 

準備をし、「じゃあね」と言って戻って行きました。変わっていったのはそのころからだと思います。

 

 一燈園研修、ランニング、水泳、トライアスロン、ダンス、高卒認定。すべての活動にチャレンジした

 

ことと先生方の愛情が君を変えてくれたのだと思います。

 

 先日の君の姿を見ると生徒みんなの前に立ち、明るくふざけながらもみんなの行動をリードしている

 

ようにも見えました。

 

 もう何も心配していません。

 

 玄海を卒業したら、さらにいろんなことにチャレンジしましょう。

 

 家の中よりも地域、福岡よりも九州、日本よりも世界。外に目を向けていこう。

 

 君には自信があるはずです。

玄海との出会いに感謝

2019/09/26

好奇心旺盛で、バイクの後ろに乗ることや絶叫マシンや刺激のあることを好む子で、お父さんっ子でした。

 

保育園の頃から毎日のように、担任の先生の報告に頭を下げ、時には迷惑を掛けた子の家へ茶菓子を持って

 

謝りに行き、当時の事を思い出すだけで涙が出てきます。

 

玄海に入る前、近所に住む祖父母へ預けたこともあります。祖父の「ここではちゃんとしていい子。

 

お母さんに会うとだめだな。」この育てにくさを周囲に理解してもらうことは身内にすら難しく、私を

 

苦しめました。小学生の頃は療育を受け薬物療法も試しましたが、続けることは困難でした。

 

そして、悪いことをしたり私を困らせたりするのは、決まって父がいない時。私に対しての反発心が異様に

 

強く、周りからは愛情不足と言われ、ぶつかり合う度に心身ともに疲れ果て、愛情不足だと自分を責め、

 

三人の子育てに途方に暮れました。

 

今後、問題行動を起こしたら家から出すと父と約束。それでも、問題行動を起こし玄海へ相談して、

 

体験入寮することになりました。自暴自棄の息子は家出、見つけ次第玄海に入れようとしましたが、

 

夏休みということもあり、玄海からも九月からと断られ、今では当時を振り返り息子と笑い話です。

 

母と息子、似た者同士だと思います。反発しあうけど、気の合うことも沢山あります。息子と離れて、

 

お互いに客観的に捉えられるようになりました。

 

息子の人生の中で、玄海生活は一年という短い期間でしたが、先生方をはじめ、寮の仲間と過ごした

 

日々は、一生忘れることのない出会いとなりました。親では教えてあげられない考え方や様々な経験を

 

させてもらい、どれだけ成長してくれたことでしょう。これからも不安はありますが、この一年を

 

成長の糧に、前に進んでいきたいと思います。

父母からの言葉

2019/09/23

 不登校の数年間は、毎日が葛藤で一日一日が長く感じられ、いつしか諦めのような心境にもなり、

 

  こんな日が永遠に続く気がして、不安な日々を過ごしていました。

 

 そんな時、玄海との奇跡の出会いがありました。あなたにとっては不条理極まりない状況でしたが、

 

   反抗もせずに素直に入寮しましたね。 私たちにとって玄海での一年間はあっという間でしたが、

 

  当の本人はどう思っているのでしょう。毎朝早起きしてランニング、食事当番の日は朝昼晩、大勢の

 

  食事を作り。掃除、洗濯をしたり、マラソンやボクシングなどきついトレーニングにも弱音を吐かず

 

  よく耐えましたね。知らない土地で一人で、今までとは真逆の規則正しい生活を送ることがどんなに

 

 大変なことだったか。しかし、それは心身ともに健やかになる術であり、基礎だったのだと今は解

 

 ります。玄海ではコンテンポラリーダンス、演劇、プロレス、カヌー作り、スノーボードなど大人

 

 でも経験できない貴重な体験をさせてもらえて本当に幸せでした。優しくて楽しい仲間、アメと

 

 ムチの愛情たっぷりの先生方に感謝の気持ちでいっぱいです。玄海という不思議な温かい居場所は、

 

 あなたの一生の宝物ですね。これから新しい生活が始まりますが、写経や座禅、下座業で培った

 

 「無心」を活かし、目の前の「今」に集中して、力まず、背伸びせず、流れに任せてらくに

 

 いきましょう。たまには愚痴を言ったり、弱音を吐いたりしてね。

From pass to the future

2019/07/05

  高校一年生の三学期に不登校になり、高2の6月にとうとう学校を去らなくてはいけない時がやって

 

 きました。理由を言わない息子にどうする手立てもなく、ゲームに依存し昼夜逆転で、どんどん

 

 攻撃的になっていく息子。家庭は崩壊し親も妹も精神的、肉体的に限界でした。息子と離れ父母会

 

 での話を聞く中で、思い返せばグレーゾーンの発達障害を持つ息子、このグレーゾーンが私たち

 

 親子を苦しめるのです。幼少期のころから育てにくさを感じていました。問題を起こさないよう

 

 にと先に先に手を掛け、厳しくしかりつけ、息子の意思を尊重することもせず、息子を自己肯定感の

 

  低い子にしてしまいました。学校、行政、病院あらゆるところに助けを求めるのですが、救ってくれる

 

 ところはありませんでした。そんな時に玄海を知ることになります。初めて玄海に相談に行ったとき、

 

 息子にはこんな障害があってどこも助けてくれないと思いのたけをぶつけました。それからしばらくして

 

 私は障害にこだわり続けて、現実から逃げているのは親の方だと気づきました。今までいろいろな生徒を

 

 受け入れ接してこられた経験豊かな先生がいるこの学校に預けてみようと、入寮させる決心が

 

  つきました。入寮の日「これでいいんだ」と思いつつ、無理やり預けた自責の念にとらわれながらも、

 

  その反面、息子と離れられるという安心感を感じたのも本当です。それからあっという間に一年が

 

 経ちました。玄海で沢山の経験をさせていただき、一味違ったっ生活を送り、通信ですが高校卒業と

 

 いう目標をもって、今は学校に通ってくれています。息子は劇的に変化したとは言えませんが、

 

 少しずつ成長している姿を目にすることが出来ています。親としても心身ともに元気を取り戻し、

 

 当時の事を笑って話せるようになりました。まだまだ私たち親子に試練はやってくるとおもいますが、

 

 家族で力を合わせて明るい未来があると信じ頑張っていこうと思います。玄海で繋がった先生方、

 

 父兄の方々、そして一緒に過ごして玄海の子供たちに感謝いたします。ありがとうございました。

 

最強のテラフォーマーの父より

2019/07/04

  フリースクール玄海の先生方との出会いは、私たちにとって何物にも代えがたいものとなりました。

 

 他人の子供にここまで手間をかけ、愛情を注ぎ、時には厳しく向き合って下さる先生方、学校は

 

 他にはないと思います。そしてマラソン大会やトライアスロン、スノボー合宿、ダンス発表会など

 

 数々の試練や経験を与えてくださいました。どの子供達も成し遂げる度に、それが自信に変わるのが

 

 見て取れました。遡ること一年前、ゲーム依存で生活リズムが狂い、学校も休みがちになり、家族との

 

 コミュニケーションもままならない息子を預けた当初、私たちも精神的に疲弊していました。前触れも

 

 なく入寮させてしまったことに、子供の気持ちを考えると心配せずにはいられませんでした。ですが

 

 ここにたどり着くまで何度も学校を見学して、寮生の様子を見たり、先生の経験談を聞き、お願いしたい

 

 と夫婦で強い思いを持ったので迷いはありませんでした。社交性の乏しい息子は初めは戸惑い、そして

 

 怒り、慣れるまでに数カ月を要しましたが、徐々に笑顔を見せるようになり、古株になるにつれ後輩に

 

 お手本を見せるようになりました。終わりころには居心地が良くなってきたので、「このまま残って

 

 もよい」と言い出し、先生方が言われるように順応性も身につき、以前のわがままが剥がれ落ちたの

 

 ではと感じました。一番嬉しかったことは、普通の親子の会話が出来るようになり、以前よりも我々の

 

 助言に耳を傾けるようになりました。こんな普通だと思える事でも一年前には考えられない事でした。

 

 この先も山あり谷ありでしょうが、我々も息子の新生活を応援していきたいと思います。最後に感謝の

 

 言葉を先生に伝えたとき,「この仕事が好きだから」と言われたときは、只々胸が一杯になりました。

 

 本当に一年間ありがとうございました.

 

 

一年間を振り返って

2017/06/28

昨年の三月には玄海残留を決めた息子は、先輩方が立志され、残った仲間もこの一年で次々と卒寮して行く中、自分がみんなを引っ張ってなければいけない責任を感じながら過ごした一年だったと思います。

[一年間を振り返って]とのことで思い返してみると、親の私も二年目ともなると何の心配も不安もなく、息子の更なる成長と新しく入って来た子たちが変わっていく様、LINEや行事で会うママたちとのお喋りをただただ楽しませて頂いた一年でした。以上、ではつまらない内容で二分の一枚で終わってしまったので、一昨年を振り返ってみることに…

GWに私の両親を連れて玄海を下見、五月末に体験入寮決行!六月に正式入寮、この時、祖母は孫可愛さから「なにもこんな時に入れなくても・・・」と、強制入寮させた私を恨んだらしいです。

入寮から一年経った頃、祖母と息子と私と三人で温泉に一泊したことがありました。この時、息子が色んな話をしてくれました。
「入れられた時は本当に恨んだよ、だけど二~三ヶ月経った頃、考え方を変えた。ここで如何に楽しく過ごすか!に…。」それからは、先生方の教えや共同生活、行事ごとの中で、己の甘さや愚かさに気づいていったようです。そして、「玄海に来て本当に良かった。」とも話してくれました。

半年過ぎた頃から、明らかに表情・行動・言動に変化が見られるようになりました。私の心配と不安が楽しみへと変わっていったのもこの頃だったかもしれません。

 

息子が祖父母に「玄海に入れてくれたお母さんに感謝している」と話したことがあったそうです。
いろいろな体験をし、貴重な経験を積み、先生方の熱心なご指導のお陰で、息子は本当に変わることが出来ました。心から感謝申し上げます。
「こんな所」で二年近くも頑張った息子は本当に凄いです。

追記、四月から車をぶっ飛ばして福岡に行く楽しみが無くなるかと思うと淋しくてなりません。
立志式後の帰りの車の中で息子がこんな事を言っていました。
「大概の人がフリースクールに居る事、居た事を恥ずかしく隠したがるけど、今の俺は玄海で学んだ事、課された事をやり抜いてきた事を自信と誇りに思う。だから、履歴書に堂々と「フリースクール玄海」と書く。」と…。

鹿児島県在住の母

一陽来復

2017/06/28

作文をご依頼いただき、玄海と知り合える前の日記を改めて読み返してみました。当時、息子が中2の秋のことです。
完璧な不登校になってしまい、ネットや書籍を参考にしたり、行政機関、学校、思春期外来の病院等にも相談したりしたものの、評論のような話ばかりで、彼の十代という大切な時間が刻一刻といたずらに過ぎていくことに対する焦燥感や絶望感が、毎日のように綴られています。

こうして日記を読み返してみますと、親にとっては今の生活が夢のようなものであることを再認識させられました。人間とは欲なもので、息子の今の生活態度に不満を抱いていましたが、おかげさまで登校は続けられていますし、4月には高校に行けることが決まっていることはとても幸福なことです。玄海との出会いがなければ、今も不登校のままだったかもしれませんし、家族も今の元気を取り戻せないままだったに違いありません。

息子は不登校という選択をしたばかりに、辛く、苦しく、ちょっぴり楽しい数ヶ月を過ごすことになったわけですが、不登校に伴う一連の窮境が普通に学校に行っていては得難い機会と気づきを与え、勇気や元気を蓄えてくれた素敵な体験や経験を、これからの希望あふれる人生に活かしていってくれることと信じています。

また、息子が不登校になったおかげで、私たち夫婦も玄海とそれに関る皆さんと九州に出会うことができたことを心から感謝しています。

不登校になるくらい特別な感性を持っている本人にとっては、登校や日々の生活はまだまだ辛く、苦しいことも多いのだと想像できますが、玄海での様々な出会いと経験が「今」を生きようとしている彼をパワフルに成長させ続けるでしょう。

「雪に耐えて梅花麗し」
昨年引退した、元カープ黒田博樹投手の座右の銘です。これは、黒田投手の厳しかった母親の影響があったと聞いています。彼女は祖母の葬式で参列した、当時高校球児の黒田選手に式直後にこう言ったそうです。
「お前はすぐ学校へ帰って走ってこい。」と。
子どもたちには、男気あふれる人間に成長してもらいたいものです。玄海ボーイズに栄光あれ!
本当にありがとうございました。そしてこれからも宜しくお願いいたします。

広島県在住の父

玄海での一年間を振り返って

2017/06/28

ここに来られた皆様には、其れ相当の理由があったと思います。理由はどうあれ、玄海しか頼る所がなかったし、こんなフリースクールがあるのを誰も教えてくれませんでした。
やっとの想いで探し当てた場所、見学で玄海に夫婦で訪れた土曜日、帰省してない童達を見て「何で、こんなに素直な童達がいるの?」。初めて玄海を訪れた父兄は、同じ印象を持たれたと思います。嶋田先生とのお話の中、子供を溺愛し口煩い母親、親に依存しながら欲求ばかりの子供、仕事を頑張っても遠くからしか見ない父親…。図星でした。

施設を案内され、最後に施設を降りた所に、銛が置いてありました。ここでは銛で暴れる童はいないんだ、と思い、入学を決めました。その時は息子は熊本の思春期精神科病棟に入院中でした。そこは、薬と閉じ込めの世界。息子がいる所ではないと思っていましたが、そうしなければ母親、弟の命さえ危惧される状況でした。体験を終わり、一燈園の前日に脱走、当日朝、嶋田先生、山本先生に迎えに来て頂きました。恐怖から解放された思いでした。

それからは息子も変わりました。玄海には統合失調症の子はいないということです。今、はっきりと言えますが、嶋田先生は誰でも受け入れることはしないのです。安心して息子をお任せしました。それからは親は息子の変化する姿に驚き、涙しました。演劇、祐徳ハーフ、プロレス、トライアスロン、どれも応援し、感動と達成感を共有できたのは、玄海にいればこそです。

息子は玄海にまかせて大丈夫。ここから父兄との繋がりが一番の安心でした。父兄会でお会いしたり、ラインでも頻回にやり取りがあり、今も助けられています。立志しても家に帰れば性格は変わりません。

先日、中学のクラスメートと笑顔で卒業できたのも、玄海あってのことです。いろんな行事で息子、他の玄海の優しい童達の写真を撮った一年でもありました。レンズ越しに泣く事もいっぱいでした。それは、息子だけでなく、玄海の童達を見ても涙が出ました。皆、もがいて、前に進もうとしていました。自分でもいっぱい写真を撮ったけど、一番のお気に入りがあります。それは、夏の休日でしょうか、奈多海岸からの松林の中、三人の童たちが歩いている写真です。おそらく山本先生が撮ってくれたのでしょう。S君の横に息子が嬉しそうに話しかけています。その横にi君が、ちょっと微妙な距離です。息子の左手には水中めがね、右手にはあの銛を持って、魚取りに行った帰りのようです。大丈夫!と思いました。

熊本県在住の父

 

一週間体験入学・無料相談会 随時受付中!
一週間体験入学・無料相談会 随時受付中!